46歳で退職してブロガーになってみた

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働けおっさんブロガー

26年勤めた仕事を無計画に辞めたおっさんの生き様を綴る

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文章の脱線と本線復帰と着地点とわっとさん

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どうも、マスクド・ニシオカです。ブログを始めて、まだ5ヶ月。

昨日、わっと (id:watto) さんの記事を見てから風呂に入って、その後なかなか寝付けませんでした。いや、わっとさんのせいではありませんよ。

watto.hatenablog.com

脱線した文章は、削除するしかない。残しておいても、読む側からすると、冗長で読みづらくなるだけだからだ。しかし、書いたばかりの自分の文章を削除するのは抵抗がある。短い時間でも冷静になることによって、自分の文章をばっさり推敲できるようになるのだ。これが今回の結論。

風呂に入る前にも、布団に入ってからも、翌朝起きてからも、何度も読み返してずっと考えているんですが、まだ答えが出ません。というか、長年ブログをやっているわっとさんが、今でも文章を書くことに対してこんなふうに思っておられるなら、まだ5ヶ月しかブログをやっていない自分なんかが、いくら考えたって答えなんて出ないんだからあんまり難しく考えないほうがいいのかな、という結論に至りました。

これまでやってきた仕事が、人前で話すことでしたので、それなりに会話で人の感情を揺さぶることに多少自信があります。しかし、話すのと書くのとでは勝手が違うのでブログには手を焼いています。

人に話す場合、脱線はやってしまえば仕方がありません。時間は巻き戻せませんから、あとは本線復帰を目指すだけです。本線復帰が出来ないときには「あれ?なんでこんな話になったっけ?」と恥を忍んで相手に聞き、強引に本線復帰をしてから着地点を目指すことになります。

しかし、文章の場合、脱線は気がつけば修正できます。しかし、わっとさんが仰るように、自分の書いた文章を削除するのは抵抗があります。これ本当にわかる。せっかく書いたんだからもったいない、その短文に偶然思いついた面白エッセンスが入っているのをなんとか生かしたい、しかし、出来上がったものは贅肉がついたブヨブヨの文章で、しかも合成肉みたいな感じです。読み手からすれば読んでいて気持ち悪いと思われても仕方がない文章が出来上がるのです。このように。

ブログを書いている以上、多くの人に読んでもらいたいけれど、万人に好かれる文章なんて存在するわけないし、どうしたものだろうと考えだせば、果たしてどんな文章が正しいかなんて答えはなくて、それを考える暇があるならば、一文字でも多く文章を書いたほうがいいのではないか、という考えにたどり着きます。

そうすると、書けば書くほど結論からどんどん遠ざかってしまう。だから文章を完成させられる気がしなくなってしまう。

わっとさんが書かれた、この文章は、自分のそれとは違うかもしれませんが、物凄く共感出来ますし、脱線というものは、何を書きたくてこの文章に取り掛かったかを、忘れさせてくれるパワーがあります。

結局、この記事で書いていることは、今後も読んでもらえる文章を書けるように精進します。くらいなものなんですが、それよりも、10年以上もブログで文章を書かれているわっとさんが。こうやって未だに文章の書き方に苦労されていることを告白されているわけで、なんだかわからないけれども、わっとさんありがとう。というところに着地します。きっとこれを一旦下書き保存して、時間が経って読み返したら公開する勇気が失せそうなので、このまま公開してしまいます。

 

でわ、股!!

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